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「正雪」蔵元ツアーのご報告その1

2017-02-27 (Mon) 18:46

晴天に恵まれた2月25日、ほぼ定刻に静岡駅を最初の目的地由比の「望嶽亭」に
向け出発。

何で蔵元ツアーなのに「望嶽亭」?と聞かれましたが、そこはせっかくの歴史の町由比を
訪ねるのですから来年の大河ドラマ「西郷(せご)どん」を先取りして、ここ由比で起こった
事件を企画者としては是非知っていただきたい!
こんな思いで酒蔵の前にチョット立寄り。

時は、慶応4年2月鳥羽伏見の戦に破れた15代将軍慶喜は上野寛永寺に引きこもり
謹慎するもその実情を新政府に伝える術がなく悩みます。

この状況を目にした幕臣「山岡鉄舟」は「勝海舟」と相談の上この事実を江戸総攻撃の
ために駿府まで進軍していた東征軍参謀「西郷隆盛」に伝えるべく3月6日江戸を出ます。

ところが、由比さった峠まで差し掛かると官軍に襲撃され、急遽引き返し麓の茶屋「望嶽亭」に
逃げ込みます。
望嶽亭主人は咄嗟に奥の蔵座敷に匿い、漁師に変装させ隠し階段より裏の海岸に出て
江尻の清水次郎長に護衛を依頼する書状を鉄舟に持たせ小舟で送り出しました。

意を受けた次郎長は全力で鉄舟を守り駿府に居る西郷隆盛のもとに無事送り届けます。

そして駿府上伝馬町松﨑屋で西郷と直に談判した内容は、後の3月12日江戸で
新政府軍の西郷隆盛、幕府側の勝海舟らとの会談で合意に至り、3月15日に予定
されていた江戸総攻撃は中止され「江戸城無血開城」に至ったのです。

「望嶽亭」には今でも山岡鉄舟が護身用に持っていて預けていったフランス製の拳銃が
保管されています。

参加者の中にはこの望嶽亭松永家の言い伝えを初めて聞く方ががほとんどでしたが、
もしここで山岡鉄舟に異変があれば、、、と考えると
「歴史とは一瞬の人の判断で左右されるものですね」と感慨深い感想を話されていました。

*(文中の一部を志田威著東海道57次より引用しました。)

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静岡という土地は、ここに着いたとたんに気持ちが楽になってくつろげるという、とても穏やかな土地柄です。晴天多く、富士山を近くに望み、明るく広がる駿河湾には特産の桜えび漁やシラス漁の漁船が浮かびます。また東は旧蒲原町と由比町までが合併となり、より大きな政令市となりましたので、東海道五十三次宿場町のうち、市内に六つもの宿場を擁します。社寺仏閣の数々も、そこかしこに江戸時代より続く風情を残しております。また、自然に恵まれた静岡。特産のお茶生産者を訪ねる「玉露タクシー」をはじめ、南アルプスの大自然を訪.­.­.­
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